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夢と希望を与える虎のエースに!阪神 岩田稔 自伝本で語る不治の病との闘いと苦悩や成功の裏側とは?

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大阪府出身、中学時代は門真リトルシニアに所属。大阪桐蔭高校時代は2年生の秋からエースで秋季大会では大阪府大会準優勝、近畿大会ベスト8に進出します。病や怪我もあり3年夏は登板もなく甲子園の出場はありません。

関西大学に進学後も怪我に悩まされ通算6勝にとどまるも、球自体は素晴らしく高評価を得て2005年の大学・社会人ドラフトで、希望枠で阪神タイガースに入団します。

プロ入り後2年間は1軍で勝ち星が無かったものの、3年目には10勝、翌年にはWBC日本代表として大会2連覇に貢献します。2013年以外は毎年安定してローテーションを守り7勝以上をマークします。打線の援護が少ないと言われており、通算防御率3.08ながら53勝67敗と勝ち運に恵まれないが、不治の病と闘い続ける姿勢はファンから愛され、プロ10年目更なる飛躍が期待されています。

 

➊不治の病「1型糖尿病」とは?

岩田は大阪桐蔭高校の2年生冬に1型糖尿病と診断されました。風邪後、異常に喉が渇いたりトイレが近くなったり痩せたりするという症状が出ていたそうです。糖尿病には2種類あり、一般的な生活習慣病により発症するのが2型糖尿病で岩田の1型糖尿病は発病原因が不明で完治する方法も不明な不治の病とされています。血糖値を下げるインスリンを作る膵臓の細胞が壊れる病気で、血糖値が上がりすぎると死に至ることもあります。しかし適切な回数のインスリン注射と血糖値のコントロールを行えば普通の人と同じ生活を送ることができます。

プロのアスリートとして活躍する岩田は試合中などで緊張が高まると血糖値が高くなるのでインスリンを打ったり、後で下がるとゼリーを食べたりブドウ糖を取ったりして対応しています。そうしたケアと、栄養士の資格を持つ妻の支えも大きくプロの1軍でも見ていて病気の選手とは思わせない活躍を見せています。

この1型糖尿病を認知度が低く、「もっと多くの方に病気について知ってほしい」という気持ちを込めて自伝本「やらな、しゃーない!1型糖尿病と不屈の左腕」を出版しました。

 

➋糖尿病が原因でまさかの内定取り消し・・・

まず1型糖尿病と診断されたとき、もう野球が出来ない、ベッドの上で一生過ごすのではないかと思ったそうです。それは同時に小さいころからの夢であったプロ野球選手への道が断たれることになります。しかし病院の先生から出た言葉は「スポーツはやめたらあかん」とのこと。先生が教えてくれたのは、メジャーや巨人で活躍したがガリクソン投手やエアロビックの世界チャンピオンの大村詠一も1型糖尿病患いながら一流で活躍したアスリートの存在です。本や資料を見て勇気づけられたことが野球を続けられた要因となっています。

しかし、高校を卒業したら社会人野球チームへの内定が決まっていた岩田に更なる絶望が待ち受けていました。なんとその企業から糖尿病が原因で内定を取り消されてしまいます。しかもその取り消しを受けたのは高校3年の夏と、その時から新しい企業を探すのも無理と岩田にとってショックの大きいものとなりましたが、その企業を見返すという気持ちで関西大学に推薦入学し本格的なトレーニングでプロの目にとまるほどの選手に成長しました。左投手で最速151キロ、多彩な変化球、特に縦に割れるカーブをプロでもそうお目にかかれない落ち方が特長です。

絶望をバネに自己管理を徹底した結果が自由枠という最上位の評価でプロ入りに繋がったといえます。

 

➌「ムエンゴ病」を克服し、虎のエースへ

プロでは3年目に2桁10勝をマークし、その後も2桁勝利のシーズンはないものの毎年勝ち星を積み重ね、プロ9年で53勝をあげます。防御率も通算3.08ながら好投しても打線の援護が少なく「ムエンゴ病」と言われることもありました。

ちなみに日本のプロ野球で6年間で通算防御率3.07の阪神所属のメッセンジャーは2011年から2014年まで4年連続2桁勝利をマークしました。

防御率がほとんど変わらずこの差が出るのはただ勝ち運がないだけでなく、投手として勝ちに導くピッチングが課題となっています。

岩田は1軍定着後の2012年から、1軍の公式戦で1勝するたびに10万円を1型糖尿病の研究機関に寄付しています。また糖尿病と闘う少年を対象に甲子園球場での野球観戦と交流会に招待しています。そうした活動のためにも多くの勝ち星を岩田にはあげてもらいたいものです。

金本監督の新体制になり、監督からも「エースになれる可能性がある」と高評価を受けています。昨年は藤浪やメッセンジャーに次ぐ自己最高の170イニングを投げながら8勝止まり、2008年以来の2桁勝利まで毎年あと一歩足りていません。

様々な挫折を乗り越えてきた不屈の左腕。まだ投手としては十分伸び代もあるので今後のシーズンや日本代表での活躍が、病気と闘っている人たちの励みとなることでしょう。エースになれる実力を十分兼ね揃えた岩田の新たな挑戦が始まります。

 

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