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『孤高の天才』日ハム 白村明弘が歩んだアマ時代の栄光と挫折、プロまでの軌跡とは?

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日ハム 白村2

北海道日本ハムファイターズに在籍している投手、白村明弘という男をご存知でしょうか?

彼はセットアッパーとして登板しておりますが2015年度の活躍は素晴らしいもので、特にシーズン後半はここぞという時に颯爽と登場し、闘志剥き出しで数々の強打者から三振を奪うその姿は、ファイターズファンは勿論、その目覚ましい活躍ぶりに他球団のファンの方も一目置いていたかと思います。白村のマウンドで吼える姿はとてもファンを魅了しています。

 

そんな白村明弘はアマチュア時代、どんな選手だったのでしょうか?

 

➊野球との出会い、高校で才能が大きく開花する

1991年12月11日に岐阜県美濃加茂市に白村家の長男として白村は誕生しました。彼が野球を始めたのは自身の父がきっかけでした。と言いますのも、白村の父は日本体育大学の硬式野球部OBであり、地元の美濃加茂高等学校の野球部の監督でありました。最初に野球と触れ合ったのは小学5年の時で父の勧めで始めたそうです。また入ったばかりの頃は外野手として練習を重ねていました。中学の時には「岐阜ビクトリーズ」という少年野球チームに所属しており、投手を始めたのは中学3年生頃からでした。にも関わらず、なんと当時139キロの速球を投げていたそうです。すでにこの頃から天才の片鱗を見せていたようですね。

 

中学卒業後、進学先に選んだのは父のいる美濃加茂高等学校ではなく、慶応義塾高等学校でした。自身の目指す道もあったのでしょうが、それをやってのける白村はまさしく文武両道の見本のような選手です。高校に進学した白村ですが、当然と言わんばかりにその才能は非の打ちどころなく発揮され入学してすぐ春からベンチ入りし球速はMAX142キロを記録。上を見ればキリがないかもしれませんが、1年生でこの球速を出せる選手はそうそういないのではないでしょうか?さらに白村の進化は留まる事を知らず、3年になる頃にはなんと148キロを記録し、チームを甲子園にも導いています(結果は一回戦敗退)。もちろんそんな速球右腕をプロ野球のスカウトたちが放っておくはずありません。ドラフト指名確実とも言われた白村ですが、彼は将来のことを考え進学の道を選びます。各球団のスカウトは落胆しながらも、未来のエースが大学で成長することを祈り見守ることとなりました。しかしこの進学、という決断が「天才・白村明弘」の人生を大きく変えることとなってしまうのです。

 

➋狂った天才、自分の甘さが招いた挫折の連続

慶応義塾大学に進学した白村ですが、進学早々に右肩を痛めてしまいリーグ戦での登板は叶いませんでした。しかし、同年の新人戦で抑えとして大学初登板を果たし、なんと自身最速を5キロも更新する153キロを記録しました。その後も目覚ましい活躍は続き、1年生秋の大会時には2回で5奪三振を奪う大活躍。また2年生春の大会も防御率1.21の成績で優勝に貢献しました。こんな選手がいればもはや大きな故障でもない限りプロ入りは確実だと思いますよね?高校時代も注目されていますし、当然かと思います。しかし白村はここから挫折の道を自ら歩んでしまうことになったのです。

 

まず事件が起こったのは2年生の合宿所生活でのこと。本来合宿所というのは外部の者は立ち入り禁止でしたが、白村はこの規律を破ってしまいます。当然、規律違反とみなされ8ヵ月の謹慎処分を受けることとなります。普通であれば謹慎後は心を入れ替えてプレーに励むと思いますが彼は違ったのです。残念なことに3年時にも同じように規律違反を犯してしまいます。しかし、彼の問題ある行動はこれだけでは収まりませんでした。

 

大学3年までは謹慎処分を受けようが、しっかりと抑えることが出来ていた白村は自身の才能を過信し、結果として徐々に練習も手を抜いていくようになりました。それはチームメイトから見て目に余るものだったといいます。規律に反するだけではなく、チームプレーをすることも彼はしなくなっていったのです。そして天才であっても野球の神様は努力しない彼に辛い試練を与えます。4年生になった白村はドラフト年にも関わらず、制球が甘くなり打たれ始めます。春の大会では4点台の防御率となる最悪の成績。秋の大会である程度復調を見せますが、最終的には2.73の防御率に収まってしまいました。

 

「白村が投げる、打たれる、やっぱりな」

 

この言葉は当時の慶応大学野球部の主将で、白村自身のコンディションそしてチームメイトとの最悪の状況を端的に表していました。練習に打ち込まず、チームの和を乱し、最終的には誰にも期待されなくなった男の最悪の結末でした。

 

➌涙のドラフト、名門慶大から異例の下位指名

いよいよドラフト当日。

 

白村は祈るような気持ちでドラフトに臨みました。しかしいつまで経っても「白村明弘」の名前が読み上げられることはありません。白村は弟にでさえプロを諦めろと電話口で言われました。それもそのはず慶応大学は名門校故、就職先が多い為上位指名でなければ指名は基本的に断る、という方針です。白村は自身の素行の悪さと野球に対しての向きあい方が招いた結果だと、涙を滲ませながらもう無理か、と諦めかけていました。かつてドラフト1位確実と言われていた選手がここまで意気消沈するとは誰が想像していたでしょうか。

 

しかし、下位指名のドラフト6巡目。北海道日本ハムファイターズが、白村を指名したのです。

 

これに白村は驚き、感動し、涙しました。

 

そして、そこから白村は様々な誘惑を跳ね除け、精神面を鍛えるべくスマートフォンも捨て連絡用のガラケーに変えました。心を入れ替え野球と真摯に向かう事を決意した白村。彼の中の「才能」が本当に開花した時、我々が見る白村はきっと想像できないくらい素晴らしい姿でマウンドに立っていることでしょう。

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