プロ野球Players.com

新天地でかつての栄光を!ヤクルト 坂口智隆は構成員からのイメージ脱却へ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

兵庫県出身 中学時は神戸ドラゴンズに所属。神戸国際大付付属高校時は1年秋からエースで翌年春には春夏通じて初の甲子園出場に5番投手で出場しました。

3年では背番号1ながら外野手としての出場機会が多くなり3年夏は兵庫県大会決勝で敗退し甲子園を逃しています。

2002年のドラフト会議で大阪近鉄バッファローズより1位の指名を受け入団。強打の打撃と俊足強肩を買われて外野手としての指名でした。

1年目から1軍でヒットを放ち、2軍でも着実に結果を残します。2008年から1軍のレギュラーとして活躍しますが2011年以降は怪我との戦いで成績が低迷し始め次第に出場機会が減少します。

そして「生涯オリックス」を宣言していたが、2015年シーズン終了後に自由契約を申し入れ退団、その後ヤクルトスワローズに移籍し2016年新天地で新たなスタートを切ります。

 

栄光の4年間を捨てて

強肩と内野安打の多さ、バッティングフォームなどはイチローを彷彿とさせました。特に守備では高校まで140km以上を投げていた投手だったこともありパリーグでも屈指の補殺数を誇りました。2008年から2011年の4シーズン連続でゴールデングラブ賞、100試合以上出場、150安打以上を記録。2011年がキャリアハイで、144試合フルイニング出場、シーズン175安打でパリーグ最多安打を受賞しました。さらに交流戦打率.412で交流戦の首位打者、最多安打、最多得点で日本生命賞を受賞と華々しい成績を記録しました。まさにパリーグを代表する外野手でした。

2012年にダイビングキャッチをした際に右肩を故障、翌年も腰痛など怪我が重なり出場試合も減りました。打撃不振も重なり2014年までの3シーズン打率も2割前半と全盛期と比べ下降の一途をたどっています。移籍の経緯として2015年少しずつ手ごたえが出てきたところで一から勝負したいと語っており、この移籍がかつての栄光を取り戻すきっかけとなるかもしれません。

 

新天地で見えた復活の兆し

昨年セリーグを制したヤクルトの補強ポイントの1つに出塁率の高い1番打者の外野手があげられていました。雄平とバレンティンは外野のレギュラー当確だが、もう1つのポジションが不安定で昨年はバレンティンの怪我もあり比屋根、上田、荒木、デニングと外野は入れ替わりの起用でした。ドラフトでは高山(阪神)を指名したことからチームも外野手の補強が必要と判断していたことは明白です。こういった経緯から坂口の獲得に踏みきったのでしょう。

チームの期待に応えるように環境が変わっての2016年キャンプから坂口は結果を出し続けます。オープン戦では全19試合に出場し打率.415、規定打席まであと1打席でしたが実質的な首位打者でした。坂口のこれまでの実績を考えれば不思議ではありませんが、コンディションが近年と比べて良い状態であるということでしょう。また拾われた選手の心理である「野球のできる喜び」、「拾われた球団への感謝、貢献したいという気持ち」が結果に繋がっているのかもしれません。

これで坂口の2011年までの輝きが戻れば、1番坂口、2番川端、3番山田、四番畠山、五番バレンティン、6番雄平とタイトルホルダーだらけの破壊力のある打線になります。首位打者の川端にトリプルスリー山田、打点王畠山、本塁打王バレンティンといかに1番打者の出塁が打線の機能に重要な役割を果たすかが分かります。ヤクルト連覇、日本一になるために重要なピースになりうることは間違いありません。

 

背番号42への思い、構成員脱却へ

かつての実績からベテランと思われがちですが年齢はまだ31歳。同年代の外野手に同じヤクルトの雄平、長野(巨人)や長谷川(ソフトバンク)とプロ野球選手であればまだ衰退期ではありません。むしろ新天地で新たなイメージで坂口は輝きを放とうとしています。

金髪とヒゲでコワモテのイメージがあったがヤクルトの入団会見ではひげを剃り、黒髪でイメージを一変させました。かつて八木(中日)、平野(オリックス)と暴力団のような風貌から「構成員」とネットで呼ばれていたくらいです。

また今年からつける背番号にも新天地で出直す気持ちが表れており、黒人初のメジャーリーガーであるジャッキーロビンソンにあやかって「42」を付けます。日本では「死」を意味すると敬遠されがちですが、メジャーリーグ全球団の永久欠番であり外国人選手が望んで付けることも多いです。この「42」には自分が引退したときに他の選手が背番号を引き継ぎたいと思うような活躍がしたいという意味があるそうです。

 

再びタイトルを

ゼロからのスタートだった2016年、見事に新天地で1番センターの座を確立しています。かつて山崎武司がタイトル獲得後から11年後に本塁打王と打点王を獲得しています。戦力外まで経験したのちの大活躍について一番の要因は「過去を捨てたこと」と語っています。環境が変わり新たな取り組みをすること、これが出来れば坂口が復活し、セリーグの外野手の顔になる日がくるかもしれません。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

ピックアップ記事

最近の記事

  1. 「ダイヤの原石」と言っても過言ではない魅力あふれる素材として注目されているのが勝又 温史(かつまたあ…
  2. 祖父が名門 横浜高校の渡辺元智監督というサランブレッドとして注目されているのが渡辺 佳明(わたなべよ…
  3. 今年の夏の三重県予選で150キロオーバーを7球連続で記録し、一躍全国区へ躍り出たのが田中法彦(たなか…
  4. 水谷 瞬(みずたにしゅん)はまさに規格外だ。身長192センチ、体重94キロの恵まれた体格から…
  5. 2018年甲子園春夏連覇の優勝投手であり、名門大阪桐蔭のエースとしてチームを数々の勝利へ導いたのが柿…
  6. MAX153キロのストレートが代名詞の速球派が斎藤友貴哉(さいとうゆきや)だ。自慢のストレー…
  7. 根尾昂(中日ドラフト1位)、柿木蓮(日本ハムドラフト5位)と共に大阪桐蔭のマウンドを守り、甲子園春夏…
  8. 最速147キロでありながら、球の出所がわかりにくい変則左腕が左沢優(ひだりさわゆう)だ。身長…
  9. 188センチ 95キロの恵まれた体格から生まれるパワー溢れる強打が魅力の大型内野手が松田 進(まつだ…
  10. 森脇亮介(もりわき りょうすけ)は175センチ 70キロと決して恵まれた体格ではないが、最速152キ…

カテゴリー

ページ上部へ戻る